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「呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想」ラリー・ローゼンバーグ

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呼吸による癒し
呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想

 

紀元一世紀頃にスリランカで成文化された経典群には、ブッダの言葉と教えが最も原型に近い形で保存されています。

ブッダの教えをほぼ忠実に伝えていることから原始仏教とも呼ばれています。

ヴィパッサナー瞑想法は、ブッダがその生涯の四十五年間修行し、また教え続けた技法と言われています。

テーラワーダ仏教は、このブッダの瞑想法を記した経典「アーナーパーナサティ・スートラ(出息入息に関する気づきの経)」を、現代まで伝えてきたのです。

 

四つの真理

ブッダが修行について話すとき、そこには「四つの真理」の教えがただ一つあるだけです。

苦しみがある
その苦しみには原因がある
その苦しみには終わりがある
その苦しみを終わりに導く方便がある

ブッダはこのとき、呼吸に関する教えの本質的部分すべてを、一つにまとめました。

この教えが大きな可能性を持っていること。

究極的には「明知と解放」をもたらすことを信じていました。

 

執着はしない

ブッダの教えを、一つにまとめることができると言われています。

どのような状況の下でも
何物に対しても
『私』とか『私のもの』として
執着してはならない

それは至福を経験すべきではないということではありません。

執着することのないよう注意しなければならないということです。

執着してしまったときには、気づきをもってその事実を見つめなければなりません。

 

苦しみに向きあう

ブッダの教えは、この世界に苦しみがあるという事実から始まります。

私たちのすべてが、無知であり苦しんでいるということを、認めるところから教えが始まります。

ブッダは苦しみがすべてであると言ってはいません。

たしかに苦しみがあるのだと言っているのです。

そしてまた苦しみの終わりもあります。

それは苦しみを見つめるところから始まります。

私たちは自分の苦しみを、長い間きっちりと見つめていかなくてはなりません。

 

真の修行が始まるのは
苦しみから逃げ出す道はないということを
理解したときからです

 

呼吸に命をかける

修行や人生に関する問題の多くは、同じような状況から発生しています。

その苦しみから抜け出る唯一の方法は、一息一息に命をかけることです。

ひとつひとつの瞬間に心を新たにして向かっていくのです。

ひとつひとつの呼吸を、あたかも初めて出会うかのように見つめます。

 

真の修行において
あなたは瞬間瞬間に
死んでは生れています。

すべてのものが新しいのです。

 

執着から離れる

ブッダは、私たちは自らの心に束縛され、奴隷状態になっていることを強調しています。

私たちは自分の心に執着してしまうあまり、自分自身が苦しみ、そして他の人々を苦しめているのです。

ブッダの教えの目的は、私たちをこの執着から自由にすること、すなわちこの心の主人となることです。

 

真の喜びと安らぎ

呼吸で重要なことは、どれくらい深く集中したかということです。

集中力が増すにつれ、渇愛、怒り、落ち着きのなさ、鈍さ、そして疑いという障害がなくなっていきます。

何回も何回も呼吸に戻って呼吸と共にあることを学ぶにつれ、呼吸が何であるのかがわかってきます。

その集中力から喜悦が生じ、その喜悦から深い安らぎが生じます。

しかしその安らぎはさらに深い状態へと続きます。

それは一点集中状態であり、心は呼吸の中に完全に吸収されてしまいます。

それはまるで、あなた自身が呼吸の中に消えてしまうかのような感じです。

その状態に入るととてつもない喜びと安らぎがあります。

それは一種の精神の糧ともいえます。

心は極めて静寂です。

そこから出てくると、それがどんなに価値のあるものであったかわかります。

あなたは以前にも増してエネルギーに満ち溢れています。

より明晰で愛する心に溢れています。

心が完全に集中した状態は、安止三昧(アッパナーサマーディ)と呼ばれます。

一度、ほんのちょっとでもそれを味わってしまうと、再び経験するためにいかなる代償をも払おうという気持になるのです。

 

究極の真理とは

「執着」は、渇愛か嫌悪という形で現れ、苦しみを引き起こします。

執着から離れることができると、私たちはこの瞬間、ありのままの人生と共にいることができます。

私たちは何も所有していないのです。

身体はおろか、心の中身も自分のものではありません。

これが真理です。

智慧により、あらゆることから執着することを手放すことができるのです。

 

すべてはこの瞬間にある

「悟り」や「覚醒」は、ずっと先にあるものだと考えてしまいます。

しかし、無執着の修行は、遠い未来にあるのではありません。

それはこの瞬間にあるのです。

自分自身を解放する修行は継続的なものです。

どんな瞬間にでも、私たちは何かに執着し、苦しんでいるのです。

それを充分に深く見るならば、固執から解放されるのです。

 

呼吸が悟りへ誘う

「悟り」というのは、常にいい気分であるような経験だろうと考えてしまいます。

真の悟りは、何があってもただあるがままの世界と共に在ることです。

悟りとは継続的なプロセスなのです。

「アーナーパーナサティ・スートラ」の十六のステップの究極的な源泉は『呼吸』です。

呼吸に注意を向ければ、呼吸はあなたをその無垢の源泉へと連れて行ってくれます。

呼吸は、仏性、涅槃、不死へ誘ってくれます。

それが、私たちが知る最も深い真実なのです。

 

 

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ラリー・ローゼンバーグ
ケンブリッジ・インサイト・メディテーション・センター創設者。社会心理学の博士号を持ち、ハーヴァード大学、シカゴ大学、ブランダイズ大学で10年ほど教鞭を取る。クリシュナムルティ、ヴェーダーンタ、禅などを経てヴィパッサナー瞑想に至る修行歴は30年に及ぶ。インサイト・メディテーション・ソサエティにおいても創設期から中心的指導者として活躍しており、最近はヨーガ・センターなどでもヴィパッサナー瞑想を教えている。

 

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