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「身体感覚を取り戻す ― 腰・ハラ文化の再生」斎藤孝

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斎藤孝

日本は「腰肚(こしはら)文化」

日本の伝統的な文化は「腰肚文化」に集約されるのではないでしょうか。

腰や肚は精神的なことも含んでいますが、その基盤には腰や肚の身体感覚が実際にあるのです。

「腰をすえる」や「肚を決める」は、文化によって身につけられる身体感覚です。

腰と肚の身体感覚が強調されることにより、からだの「中心感覚」が明確にされるのです。

 

身体感覚の技化

身体感覚も文化的なものであり、習慣によって形成されます。

腰や肚に関する感覚はその典型であり、生活の中で訓練され、身につけられた一つの技です。

腰や肚の身体感覚は、からだを秩序化するものであり、緊張感を要求します。

シャンとした雰囲気や、ピシッとした雰囲気が心身の状態感として要求されるのです。

腰や肚の身体感覚は訓練されなければなかなか身につけられないものです。

 

自然体は技である

立つことが技であるとは、「自然体」と呼ばれる立ち方において示されます。

自然体の場合は、しっかりと地に足がついており、その大地との繋がりの感覚が腰と肚につながっています。

上半身の無駄な力は抜けていて、状況の瞬時の変化に対して柔軟に対応できる構えになっています。

武道・芸道では、その人の立ち方を見ただけで、力量を推し量ることができるとも言われています。

立つこと自体が一つの技であることは、伝統的な身体文化では当たり前のことでした。

 

帯と腰肚の感覚

かつての日本人が腰と肚に対する身体の意識を強くもっていたことは、「帯」によって知られています。

相撲のまわしや帯は、腰肚文化の象徴です。

腰骨と下腹部を巻いて締められた帯によって、腰と肚は意識しやすくなります。

また、帯がからだの周囲に巻かれることによって、からだに「幹の感覚」をあたえるのです。

 

腰肚文化とは

日本の身体文化の中心軸は、「腰肚文化」と「息の文化」であります。

日本の身体文化は、とりわけ腰と肚を重要視するものでした。

日本の武道・芸道は、腰肚の重要性を強調する点で共通しています。

茶道にせよ能にせよ弓道や剣道にせよ、一つの武道・芸道のからだの基礎は、他のものにも応用可能です。

腰の構えが決まっていて、肚に余裕がある構えが基本です。

この腰と肚の構えは、一定の身体的状態感を生みます。

腰と肚は力強さがみなぎり、落ちついてどっしりとしています。

肩や頭は力が抜け、すっきりとしています。

 

身体が心を調える

身体の内的な感触は、心のあり方にも影響をあたえます。

武道・芸道の稽古を続けていると、心身ともにコンディションの良くない日もあります。

そのようなときには、腰肚の構えを調えることで逆に心が調ってくるのです。

日本文化は精神主義的であるとよく言われます。

しかし、その精神性の基盤として、具体的な身体技術をもっているのです。

身体の構えを調えることによって、心のあり方を調えていくというのが、むしろ日本文化の主流です。

いわば日本文化は身体性が重視された文化なのです。

 

「息づかい」という技術

身体性と精神性を結ぶ回路の大動脈となるのが、息すなわち「呼吸」です。

東洋の身体技法における呼吸法は、緩く・長く・吐く腹式呼吸法を基本としている点で共通しています。

そして、心身の適度な張りを持続させる技術が『丹田呼吸法』です。

息は、心と体をつなぐばかりではありません。

自分と自分の周りの世界や人間との「間」を調整する働きを、息づかいはしているのです。

 

丹田が重視されていた

丹田とは道教からきた用語です。

道教では、エネルギーの中心となる場所を、上丹田・中丹田・下丹田の三つとしています。

丹田呼吸法の丹田は、この中の下丹田です。

インド・中国に比べて日本では、この下丹田が重要視されました。

へその下にあるという意味で、臍下丹田と呼ばれます。

畳の上の正坐に象徴される日本の「坐の文化」が、臍下丹田の高い評価と関係しているのです。

  

「上虚下実」と「みずおち感覚」

「息の文化」の隠れた基本に、みずおちの力を抜く技術があります。

これには、「上虚下実(じょうきょかじつ) 」という言葉が当てはまります。

上虚下実という言葉には二つの意味があります。

一つは全身における上虚下実です。

腰や足などの下半身には力が充実していて、上半身、特に肩の力は抜けているという自然体のあり方。

もう一つの意味は、みずおちの力が抜けて、へその下の下腹部の力が充実しているという状態のことです。

みずおちを虚にすることによって、相対的に下腹が実となるのです。

 

大きな安心感をえられる

「臍下丹田の一点に気をしずめる」と言うときの臍下丹田は、身体の内部において中心としてイメージされる点です。

腰肚文化という言葉で表現しようとしたのは、主に自分の身体の内側の中心感覚です。

自分のからだの内に「中心」「芯」として感じることができれば、大きな安心感を得ることができるのです。

周囲の状況で動じない心のあり方を、からだの中心感覚と重ね合わせて技化しやすいのです。

自分のからだの内に重心が確かにあるという感覚を習慣化することによって、心身の安定を増すことができるのです。

 

腰肚文化を現代に再生する

21世紀の身体は、欧米風の生活様式に、伝統的な身体感覚をどう活かしていくかが課題となります。

畳の上での坐のよさを再評価していくとともに、イスの生活において上虚下実の自然体の身体感覚を技にしていくことが求められます。

坐ることが構えの基本であり、文化であり技であるということをからだを通して実感することが先決なのです。

現実の生活様式の中で身体文化を再生していく発想が重要です。

腰肚文化の基本を抽出し、現代の生活に合うようにアレンジしていかなくてはなりません。

 

 

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齋藤 孝(さいとう たかし)
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/index.html
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒。同大学教育学研究科博士課程を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。主著に、『身体感覚を取り戻す』(新潮学芸賞)、『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞)など多数。

 

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