ヴィパッサナー瞑想は、ブッダが悟りを開いたときの、原始仏教の瞑想法です。
2500年も前に確立された技法にもかかわらず、現代の認知科学に匹敵する明快さで人の心のシステムを解き明かしています。
人はなぜ苦しむのか。
人の心に、どのように苦しみが発生していくのか。
そのメカニズムを解明し、どうすれば苦が乗り越えられていくのか、具体的で明快な方法が提示されています。
仏教では、心をきれいにすれば、あらゆる苦しみが乗り越えられ、幸せに生きてきけると教えています。
さらに心をきれいにし、限りなく、究極まできれいにすると、心の清浄道が完成し、悟りを開くことができます。
ありのままに観察していく
ヴィパッサナー瞑想とは、自分の心と体が一瞬一瞬、何を経験しているのかに気づき、ありのままに観察していく瞑想です。
思考や判断を差し挟まずに、見たものを「見た」、聞いたものを「聞いた」、感じたものを「感じた」と
一つひとつ心の中で言葉確認(ラベリング)しながら、純粋な事実だけに気づいていくのです。
この作業を「サティ」と言い、ヴィパッサナー瞑想はサティの訓練を中心に進めていきます。
私たちの心は、「見た」「感じた」と、ものごとを事実のとおり正確に、ありのままに認識するのが苦手です。
事実を見誤ったり、勘違いをしたり、誤解や錯覚を、いつしてしまうかわかりません。
事実をありのままに、正しく認識するためには、訓練が必要なのです。
いまの瞬間の事実に気づくサティの訓練をしていくことが、幸せな人生を設計していく上でとても大切なことになるのです。
なぜなら、悪を避け、善をなし、善いカルマを作って、幸せになるための出発点だからです。
カルマの法則
原始仏教では、私たちの生きている現象の世界は、カルマの法則にしたがって生滅変化していると考えられています。
悪いことをすれば悪い結果となり、善いことをすれば善い結果になるということです。
善いことをし、善なるエネルギーを出力してきたのであれば、楽しい幸せな収穫を得るでしょう。
ですから、苦しい、嫌なことが起きても、明るい心で、人に対しても自分に対しても、善いことをしましょう。
優しい言葉で語り、慈悲の瞑想をしましょう。
これが不幸から脱け出し、幸せな人生を自分の手で作り出していく技法です。
見返りを求めない愛
仏教では無我論を説き、エゴの立場を超えた「慈悲」の心の確立を目指しています。
「慈悲」の心の最大の特徴は、無差別平等性にあります。
生きとし生けるすべての存在に対し、私のことを好きな人にも嫌いな人にも、同じ慈しみのエネルギーを捧げるのです。
慈悲の心は「崇高な境地」と呼ばれます。
慈悲の心を限りなく成長させていけば必ず、平和な世界が実現してくるでしょう。
また、個人の人格の完成を意味する悟りの境地につながっていくのです。
慈悲の瞑想
「慈悲の瞑想」とは、自分にも、他人にも、生きとし生けるすべてのものに、優しい慈しみの心が発信できるようになっていくための訓練です。
ポイントは、「私が…」のエゴ感覚が入らないことです。
エゴや我執が入れば、無差別平等の慈しみにはならないからです。
慈悲の瞑想を意識するだけで、エゴの愛とはちがった、差別のない尊い感覚が少しずつ現れてきます。
相手のイメージを浮かべ、気持ちを込めて、優しい情緒をはたらかせて祈っていけば、自分の心が本当に優しくなっていけるでしょう。
慈悲の波動を発信し続けると、自分の心と体が調和してくるだけでなく、外界のあらゆる存在と和合し、ハーモニーを奏でて、優しい世界が現れてくるでしょう。
人生を好転させるクサラ
善行(クサラ)を積み重ねていくとき、善いカルマが集積されていくので、楽しいこと、幸せなことが起きやすくなり、人生の流れがスムーズに好転してくるでしょう。
さらに、クサラをすると、心が明るくなり、爽やかな善心所モードが安定して前向きになってくるのです。
人のためになること、みんなが喜ぶこと、世の中に貢献することにエネルギーを捧げていると、心が軽く、やわらかく、爽やかになっていきます。
さらに、トイレ掃除、風呂場の清掃、窓ふき等々の作務をすると、さっぱりした善心所モードに切り換えることができます。
自分のやっている行為が善行であれば、必ずその仕事についての連想や考えがめぐらされて、いつの間にか善い考えが主流になって、心が変わっていくのです。
善いことをするたびに、善いカルマが作られ、幸せな善いことが自分の未来に起きてくる原因になっていきます。
仏教は、悪を避けて善をなし、心を清らかにする道であり、その具体的な実践方法がヴィパッサナー瞑想なのです。
心を清らかにするこの瞑想を続けていけば、人格が磨かれ、高い心の境地にしだいに導かれながら、人間として立派な素晴らしい人生が展開していくでしょう。
慈悲の瞑想のことば
私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願うことがかなえられますように
私の悟りの光があらわれますように
私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願うことがかなえられますように
私の親しい人々に悟りの光があらわれますように
生きとしいけるものが幸せでありますように
生きとしいけるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとしいけるものの願うことがかなえられますように
生きとしいけるものに悟りの光があらわれますように
私がきらいな人々も幸せでありますように
私がきらいな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私がきらいな人々も願うことがかなえられますように
私がきらいな人々にも悟りの光があらわれますように
私をきらっている人々も幸せでありますように
私をきらっている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私をきらっている人々も願うことがかなえられますように
私をきらっている人々にも悟りの光があらわれますように
すべての衆生が幸せでありますように
すべての衆生が幸せでありますように
すべての衆生が幸せでありますように
人生の流れを変える瞑想クイック・マニュアル―心をピュアにするヴィパッサナー瞑想入門 | ||||
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地橋秀雄(ちはし ひでお)
http://www.satisati.jp/index.htm
1948年生まれ。早稲田大学文学部卒。1978年より解脱涅槃を求めて修行生活に入る。滝行、断食、ヨーガ、大乗仏教諸宗、心霊科学、工学禅、他力全託、内観、クリシュナムルティ等の修行遍歴の末、原始仏典に基づくブッダのヴィパッサナー瞑想が解脱を完成する道であると理解する。以来、タイ、ミャンマー、スリランカ 等で修行を重ねる。1995年以来、朝日カルチャーセンター等で本 格的な瞑想指導を始める。現在、グリーンヒル瞑想研究所長、朝日カルチャーセンター講師、グリーンヒルWeb会瞑想インストラクター。著書に『ブッダのヴィパッサナー瞑想 基本マニュアル』『瞬間のこ とば』『ヴィパッサナー瞑想 実践レポートと解説』(共著)、『瞑想 ネットサーフィン』(いずれもグリーンヒルWeb会出版)、『ブッダの瞑想法―ヴィパッサナー瞑想の理論と実践』(春秋社)などがある。