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「死にゆく者からの言葉」鈴木秀子

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死にゆく者からの言葉

生命との出会い

死が近づいている病人が、元気を取り戻し、あたかも回復したかと思われる時があります。

その間に、病人は、し残したり、言い残したり、したいと思っていたことをなし遂げることがあるのです。

私たちはこの時間を『仲良し時間』と呼んでいます。

私は、今まで摂理としか言いようのないかたちで、何人かの「死にゆく人たち」に、彼らの「仲良し時間」に招き入れてもらったのです。

死の迫っている人たちに訪れる、 「すっかり元気になったような時間」、この時間に、人々はこの世を去る準備として人生最後の仕事をするようです。

それは自然との一致、自分自身との仲直り、他者との和解という作業です。

 

「愛する」ことと「知る」こと

14年前、奈良女子大学での学会に出席した際、私は友人のいる修道院に泊めてもらいました。

真夜中に起き出した私は、階段を廊下と思い違いして、二階から下まで落ちてしまったのです。

5時間近く意識不明の状態で過ごしました。

意識のない5時間の間に、思いがけないことが起こりました。

私は、空中から下の方を見下ろしていました。

かなり高いところにいて、明確な意識を持っています。

下の方に、もう一人の私が、やはり地上から少し浮き上がってまっすぐに立っています。

足のまわりを筍の皮のようなものが包んでいます。

上から見下ろしていると、私の足もとの筍の皮が一枚ずつゆっくりと落ちていきます。

その皮が一枚一枚と剥がれ落ちるたびに、私は暖かい気持ちで、下のもう一人の私を見ながら、

「ああ、これで人の目を気にすることから自由になった、これで人との競争からも自由になった、これで人を恐れることからも自由になった・・・・・・」

と言い、自由というものを実感しているのです。

完全な自由への甘美な期待が訪れたとき、私はすっと天空に飛翔しました。

そして天の一角から生きた光が私を包み込んだのです。

輝く金色の光に包まれ、私は自分の全機能が活き活きと最高の状態になり互いに調和しているのを感じました。

光は生命そのものでした。

まばゆいほどに輝く黄金の光でした。

私の全存在を包む温かい光でした。

私はその光に包まれて、自分の命が、自分の全存在が、完全な生命そのものによって満たされているのを感じたのです。

光は命の充満であり、生きている完全な人格を持つ方でした。

「光そのものの方」は、私をとことん知りつくし、私のすべてを理解し、許し、私を私としてあるがままに受け入れていてくれる生命そのものでした。

私は深い一体感に満たされていました。

存在そのもの、生命そのものの方が私に言いました。

それは言葉ではなく、存在から存在に伝わるような方法によってです。

それは愛のあふれでした。

「おぼえておきなさい。最も大切なことは、『愛する』ことと『知る』ことです」

 

そして私ははっきり理解したのです。

この世で、「愛する」ことと「知る」ことだけが生きる意味であることを。

「愛する」と「知る」は、「慈愛」と「叡智」に近い感じでした。

 

人生最後の和解のとき

この奈良での体験の直後から、私は、不思議というより、摂理としか思えない方法で、重症の病人のところへ招かれるようになりました。

そして病人のところへ行くと、誰に教えられたわけでもないのに、自然に手が伸びて、その人に触れながら呼吸を合わせ、静かな時を持つのです。

病人のどこが悪いか、どんな痛みか、私は自分の体で感じ取りました。

日常とはまったく次元の異なる時間帯の中へと入っていくのです。

それは病人と二人でともに味わう瞑想の極致のような状態です。

私は病人と一体になり、大宇宙の気が私の手を通って病人の中に流れていくのを感ずるのです。

それは深い静けさの充満した時間であり、病人とも宇宙とも、ありとあらゆるものとの一体感に満たされます。

私は病人と接した経験から、死に行く人たちが、死の迫っていることを知っていること、残された日々に、自分の人生を振り返り自分の人生の意味を見つけ、あるいは未解決のものを解決し、不和を和解し、より豊かな愛の結びつきにすることを望んでいるのだという確信を持つようになりました。

死の際にいる人たちは、すでにあの世とこの世を行き来し、多くの場合、向こう側から自分の一生を見直しているらしいのです。

私も一度向こう側に行った者です。

ですから、私は病人と一致し一体感を味わっている時は、この世を越えた、同じ立場に立つもの同志の結びつきを体験しています。

深い無条件の結びつきです。

病人が私を通して、こころを開き自分を解放していくのは、その人たちと私との共創造であり、死にゆく人たちからの私への最高の贈りものでもあるのです。

人生の終焉を共に分かち合って下さった方が亡くなられると、私はさみしさを強く感じます。

と同時に、その方があのすばらしい光の世界に入られたことに対する深い喜びをも感じるのです。

 

 

死にゆく者からの言葉 (文春文庫)

鈴木 秀子 文藝春秋 1996-10
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by ヨメレバ

鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学文学部教授(日本近代文学専攻)、スタンフォード大学客員教授。文学療法及びゲシュタルト・セラピーの専門家及び文学療法の開発者として知られる。また、日本エニアグラム学会の設立に尽力し、同学会名誉会長としてその指導にあたる。聖心会会員。著書に『死にゆく者からの言葉』(文藝春秋)、『神は人を何処へ導くのか』(クレスト社)、『いのちの贈り物』(中央公論社)、『シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日』(海竜社)、訳書に『死んで私が体験したこと』(ベティー・イーディー著、同朋舎出版)、『エニアグラム入門』(P・H・オリアリー他著、共訳、春秋社)などがある。カトリック学術研究奨励賞受賞。

 

 

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